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※この文章は、スピリチュアルの考え方に少しでも疑問を感じたことがある方向けに書いています。すべてを肯定したい方や、霊能者に強く共感されている方にはおすすめできません。
「スピリチュアルに出会って、心が救われた」
そう感じたことのある方は多いのではないでしょうか。
見えない力を信じることで、人生の意味や希望を見出すことができた。
スピリチュアルな言葉に励まされ、安らぎの涙を流した夜もあるかもしれません。
けれど一方で、こうした経験を重ねても、
「なぜか人生が変わらない」「悩みがループしている」と感じることはありませんか?
今回は、私自身が実際に見聞きしてきた実例を交えながら、癒しと現実逃避の違い、スピリチュアル依存の危うさ、そしてそこに共通する思考パターンについて整理してみたいと思います。

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Contents
本来の癒しとは「前に進む力を取り戻す」こと
癒しというものは本来、気持ちを一時的に軽くするだけではなく、再び現実に向き合える自分に戻るプロセスです。
日頃の疲れを癒して、そして前向きな気持ちになり、実際に行動するだけのエネルギーが湧いてくる状態が本当の癒し。
癒しのゴールは、「立ち止まる」ことではなく、「また歩き出す」ことなはずです。
「癒されているのに変わらない人」の共通点とは?
癒された後であっても何も辛い現実が変わっていない人たちには、以下のような共通点があります。
- スピリチュアルな言葉を浴びて、気持ちが楽になるが、実際の自分の行動は何も変わっていない
- 「前世」「波動」「カルマ」といった見えない要因で、現実の責任を説明しようとする
- 現実的な指摘や反論に過敏になり、「傷つけられた」「多様性がない」と反発する
- 「変われたつもり」で行動しなくなってしまう
スピリチュアル依存の思考パターン4つ
スピリチュアルに依存している人たちには、以下のような思考パターンが当てはまります。
- 自分の過去を美化し、悲しみを特別な物語に変える
- 「苦しみ=学び」「何も変わらなくていい」と自己肯定しすぎる
- 行動せずとも整えられているつもりになる(表面的な言葉で内面をごまかす)
- 自分に対する批判や指摘をすべて「波動が低い」と決めつけ、拒絶する
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スピリチュアル依存(現実逃避)の2つの実例
ケース1:恋愛をスピリチュアルで美化し続ける女性
ある既婚女性は、別の既婚男性と恋愛関係にありました。
2人だけで会うことはなく、グループで会うか、電話やメールなどでの短い期間のお付き合いだったそうです。
しかし、ある日彼は突然亡くなってしまいました。
絶望的になった彼女は、彼のことを「彼は前世からのソウルメイト」「今も私を見守っている」と信じ、とあるスピリチュアル系ブログで「あなたと彼は今も強く繋がっています」といった慰めの言葉を求め続けていたのです。
彼女の中では、彼との関係は「特別な愛」「宇宙に選ばれた縁」として固定されていました。
しかし、私から見ると、これは「悲しみを乗り越える」どころか、「悲しみに居続けるための物語」になっていたのです。
ケース2:努力を手放し「理解してくれる人だけ」を求める男性
還暦を超えたある男性は、精神疾患を抱えながらも音楽の道に憧れを持っていました。
しかし、仕事も家庭も上手くいかず、「自分は誰からも見下されている」「罵られる」と繰り返し語っていました。
「初恋の彼女だけは自分を理解していた」と言い、その彼女が亡くなった今、唯一の拠り所はスピリチュアル系ブログでの「あなたはそのままで十分素晴らしい」という慰めの言葉だったのです。
しかし、現実の生活は何も変わらず、彼の苦しみはむしろ日々深まっているように見えました。
私が彼に、「現実と向き合う必要がある」とストレートに伝えると、
「それは多様性を否定している」「人を傷つける発言だ」と強く反発されてしまいました。
癒しと現実逃避の違いとは?
癒しを求めること自体は、決して悪いことではありません。
癒やされるとストレスが緩和され、生きる力がチャージされるような感覚があります。
でも、癒されることが当たり前になってしまうと、人は「変わる努力」をしなくなり、「現実と向き合う勇気」も持てなくなってしまいます。
スピリチュアルは、人生を整えるヒントにもなれば、現実を遠ざけるための幻想にもなりうるということです。
問題の根本に向き合わないままでいると、そのうちに現実とのバランスが崩れ、「優しい世界」に居座るようになってしまう。
そのことに、霊能者も相談者も共に気付かず、どんどんスピ依存と現実離れをしていってしまうのです。
無料ブログでも責任はある?発信の注意点
前述のケース1・ケース2でも出てきましたように、相談者に対して霊能者が無料でアドバイスするブログが存在します。
そのスピリチュアル系ブログには、 何年も同じ悩み・苦しみを相談し続けている人もいました。
「このブログがなければ私はもう今ごろは…」というほど感謝している一方で、 「そのブログで慰められ続けているから、変われなかったのでは?」と感じることもありました。
善意で書かれたブログ上の無料アドバイスであっても、人の人生に作用する内容である以上、 やはり言葉の選び方や方向性には、有料以上の「責任」が伴うと私は思っています。
スピリチュアルブログにコメントを寄せる相談者は、心身ともに限界に近い人が多く見られます。
そんなブログだからこそ、アドバイスをするのならば、相談者の背景をよく理解した上で責任を持って行うのが、管理者としての役割だと感じます。
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まとめ
癒しは、疲れた心を休めるために必要なもの。
でも、それだけに浸っていては、人生は変わりません。
あなたの中の「違和感」や「まだ何かが足りない」という感覚は、目を覚ます力でもあります。
スピリチュアルを信じることと、現実から逃げることは、まったく違う。
本当の癒しは、「また歩き出す力」をくれるものです。
スピリチュアル系ブログの運営者や信者も、本当の意味での癒しを得られるよう、祈っています。
※この記事は、必要な方にそっと届けばうれしいです。合わないと感じた方は、静かに読み流してくだされば幸いです。特定の人物を非難する意図はなく、あくまで一般的な傾向や体験に基づいて書いています。